1994/1/3 月曜日

今年が早くも三日を

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 今年が早くも三日を食い終わろうとしている。今年は違う。筈じゃなかったのか。全く。疲れているなぁ。ほとんどこの三日間。眠るか食うか風呂はいるか。それくらいのもんだなぁ。それでも。疲れているんだなぁ。  気を使うこと=あとで責められないようにしておくこと。あとで恥じ入ることのないようにしておくこと。ということは。優しさにあらず。欲張るつもりなんてすこしもないつもりだ。ただ。ひとつひとつをものにしてゆく過程というものは、それなりにしんどいことだから。それに勝てない自分がいるだけ。  堂々巡り。  このままでは、だめなんだ。それだけはわかっている。このままでは。  二時間ほどで尾崎の普通の愛、読了。何を作るべきなのだろう。何を歌うべきなんだろう。何を作るのかもわからないが、その何かを作る為にしなければならないことは、一体何なのだろう。  振り返り、砂を噛むことのないように、生きる為に、本当に何かを作らなければならないんだろうか。価値なきものに光は当たらないけれど、誰も当ててはくれないけれど。価値あるものを生み出すことはできるのだろうか。作らなければならないのか。産み出さねばならないのだろうか。価値はかわってゆく。大事なものは守らねばならない。大したもんじゃないの。価値は。産み出される毎に変容してゆく。流れてゆく。とどめる要はない。  ある人曰く、かの人曰く。全てを包含することはできない。

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